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text &photo by 河上 いつ子

日本名水百選・柿田川を歩く
富士山の恵みが湧き出るまち〜静岡県駿東郡清水町〜

市街地のまん中にこつ然と湧き出す清水

日本の最高峰・富士山の雪解け水が混々と湧き出るまちがある。

東海道新幹線の三島駅から約2.5キロメートル、伊豆半島への旅の入り口となる駿東郡清水町がそのまちだ。

市街地の真ん中にこつ然と沸き出す水の量は、国内最大級で日量ナント100万トン。その湧水を源とする柿田川は、わずか1200メートルの日本最短の一級河川だが、水質の高さと豊かさから「日本名水百選」のひとつに選定。さらに豊富な湧き水が作り上げた希有な自然は「21世紀に残したい日本の自然100選」にも選ばれている。

神秘的な水の色に感嘆の声

そんな柿田川の散策は、流域に設けられた柿田川公園から始まる。

バブルの波にのって押し寄せた宅地化の波から川の自然を守るため、まちの手によって作られたこの公園は、昭和61年に開園した。

正面入口は東名高速道路の沼津インターより車で約15分の交通量の多い国道1号線に面し、向かいには大型ショッピングセンターが林立するため、ほんとうにここにそれほど貴重な景観が広がっているのか、一瞬、訝しく思うほど。

しかし、一歩公園内に足を踏み入れればその疑念は瞬時に消える。

豊かな緑に包まれた公園内には木々の息づきを感じる爽涼な風と緑の匂いが満ち、さえずる鳥の声を聞くと、まるで人里離れた山奥にワープしたかと思うほどで、外の喧噪は一切感じられなくなる。

順路を記す看板に導かれ、まずは、入口右手奥の第1展望台へ。階段を下りていくと目の前に広がるのは、無数の"湧き間"。

"湧き間"とは、水の湧き出る場所のことで、川の所々に灰黒色の砂地があり、地下から湧き出す水によって砂が吹き上げられ舞い踊る光景を見ることができる。

ここが柿田川の起源となる最上流部。ここから1200mの柿田川は始まっている。

富士山の爆発が東洋一の湧き水の原点

この地に水が湧き出したのは、約8500年前の富士山の爆発に由来するという。

約40km北方の富士山から大量に噴出した溶岩は、箱根山や愛鷹山にはさまれた狭い谷間を流れて、溶岩流を形成した。「三島溶岩流」と名付けられたこの溶岩流は水を通しやすい多孔質の層だったため、富士山の東南部に降った雨や雪は地下水となって流れ下り、長い時を経て、溶岩の隙間から地表に湧き出し、湧き水を水源とした柿田川を作り上げたのだ。

富士山周辺には同じように富士山に降った雨雪が地下水となって湧き出ているところがあるが、柿田川はその中でも最も水量が多く、「東洋一の湧き水」とも呼ばれている。

第1展望台では、ときおり、柿田川のマスコット的存在であり、清水町の鳥に制定されている"渓流の翡翠"カワセミがその姿を見せる。また、春には咲き誇る東海たんぽぽを、初冬には鮎の産卵を見ることができる。

濁度0度の水の煌めきには自然の神秘が凝縮

いったん遊歩道に戻り、次は第2展望台へ。

階段を下りていき、テラスから下を覗くと、そこには大きな水槽が。これは柿田川に昔あった製紙工場の取水井戸で、底からは砂を持ち上げるように、水がモコモコモコモコと絶え間なく湧き出しているようすが見られる。

その迫力はもちろんだが、目に焼きつくのは、スカイブルーに輝く水の色。地下で自然浄化された水質は濁度0度という透明度。太陽の光を浴びてキラキラ煌めくその神秘的な雰囲気に、思わず吸い込まれそうになる。

富士山の雨や雪が地にしみ込み、この地に辿り着いて湧き出るまでは長ければ数十年がかかる。その月日に思いを馳せながら美しい水が湧き出るようすを眺めると、感慨もひとしおだ。

公園をさらに奥へと進んでいくと、右手には水の神様を祀った貴船神社が、左手階段の先には水遊びができるように作られた湧水広場が現れる。柿田川の湧き水の水温は年間を通して15℃前後。夏は涼しく、冬はどんなに触っていても手が冷たくならないのがその特徴だ。夏休みにはここで水遊びする子どもたちの歓声が響き渡る。

ここだけにしか見られない貴重な動植物も

湧水公園を過ぎ、広葉樹林の森の間に設けられたボードウォークを進んでいくと、柿田川の向こうに富士山が臨められる絶景のポイントに辿り着く。

さらに少し下ると、木製の八つ橋が備えられた視界の開けたポイントに出る。ここは柿田川の中流部。

この付近はもっとも川幅が広く、湿地各所に大小数十カ所の湧水口があり、そこからの湧き水が幾筋もの清冽な小川を形成し、本流に合流しているようすが見える。

さらに興味深いのは、ここに生育する貴重な動植物たち。柿田川だけに見られる水草ミシマバイカモや、県内ではここにしか見られないというアオハダトンボをはじめとした数多くの昆虫、アユやアマゴといった川魚、カワセミやヤマセミなどの鳥類など、自然がありのままの姿を見せている。

清流のせせらぎとその恵みがもたらした動植物たちの姿を感じながら、降り注ぐ木漏れ日を浴びて歩く幸せ。"自然に癒される"――その意味を感じながら先を進むと、遊歩道は二手に分かれる。

柿田川の終点、狩野川と合流し、駿河湾へ

左手は駐車場へ続く道。右手は「町立図書館」の案内板。

車で来た人たちはここを左に進み帰っていくのだが、あえて散策では右に進んで、いったん舗装路へ出て、住宅街へとコースを進めたい。しばらくは川を見ることはできないが、南下すると数分で右手に柿田川に架かる柿田橋が現れる。橋のたもとの駐車場から階段を下りれば、柿田川の流れが目前に。

ここには1671年に築造された石橋の眼鏡橋が姿を残し、周辺には清水に育まれた美しい草花が咲き誇る。

川沿いに設けられた小道を通ってさらに南下すると、全長約1200mの柿田川の終点へと辿り着く。柿田川は、ここで伊豆天城山を源とする狩野川と合流し、駿河湾に注ぐ。合流点では狩野川の水の色との違いをハッキリと確認することができるのも、興味深い。

帰りは、柿田橋のたもとの日枝神社にある"柿田川三石碑"を見てから、神社の左手へ。三石碑は柿田橋建設架橋に関する歴史と由来を明らかにするもので、町文化財に指定されている。途中、泉水源池等の施設を通過して、国道1号線に出る。

散策の終点は、正面入口の先、柿田川公園駐車場に設けられている休憩所"泉の館"。 備前様式の大きな旧家を中心に、売店や蔵造りのレトロな喫茶店、そば処などが軒を連ね、湧水で作られた豆乳アイスやそば、日本酒、醤油など、地元の人たちのアイデアから生まれた柿田川の名産が揃う。

ここには、湧水がひいてあり、柄杓で飲むこともできるので、名水に喉を潤し、散策の疲れを癒すことができる。

ここまで約3km。約1時間10分。

自然の力と人間の愛情、両方があってこその絶景

名水に貴重な動植物たち……。柿田川に存在する自然の恵と神秘は、富士山がもたらした賜物だ。

しかし、日本のいたる所で環境に対する危惧が叫ばれている中、これだけの自然が保たれているのは、柿田川の自然を大切に守ろうと努力する人々の力でもある。

宅地化の波が押し寄せた時、柿田川公園を作り周辺を整備して、柿田川の保全、保護に取り組んだことはもちろん、地元住民で組織された「柿田川湧水保全の会」による定期的な清掃活動や、「柿田川みどりのトラスト」によるトラスト運動、またさまざまな自然保護団体が提携して、「柿田川・東富士の湧き水を守る連絡会」による富士山への植樹活動など、水質保全はもちろん、かつての湧水量を戻すための保全活動も積極的に行っている。

柿田川の散策では、自然への感謝だけでなく、柿田川を大切に守りその自然の恵みを後世へと繋げていこうというまちの人々の愛情も心に温かく感じながら時を過ごしたい。

柿田川公園の正面入口では湧水を利用した噴水が迎えてくれる

柿田川公園の正面入口では湧水を利用した噴水が迎えてくれる

第1展望台。ここの湧水群が柿田川の源。カワセミがときどき訪れる

第1展望台。ここの湧水群が柿田川の源。カワセミがときどき訪れる

神秘的な水の色を見て、皆が感嘆の声をあげる第2展望台

神秘的な水の色を見て、皆が感嘆の声をあげる第2展望台

湧き間は数十カ所。冬には鮎の稚魚を見ることもできる

湧き間は数十カ所。冬には鮎の稚魚を見ることもできる

清流に遊ぶさまざまな水鳥の姿にも心和まされる

清流に遊ぶさまざまな水鳥の姿にも心和まされる

木製の八つ橋から見た中流部。清流に育まれた水草や鳥、昆虫、魚など、貴重な自然を見ることができる

木製の八つ橋から見た中流部。清流に育まれた水草や鳥、昆虫、魚など、貴重な自然を見ることができる

1671年、柿田川に初めて造られた眼鏡橋が今もその姿を残す

1671年、柿田川に初めて造られた眼鏡橋が今もその姿を残す

町文化財に指定されている柿田川三石碑。柿田橋の歴史がわかる町文化財に指定されている柿田川三石碑。柿田橋の歴史がわかる

町文化財に指定されている柿田川三石碑。柿田橋の歴史がわかる

柿田川公園に隣接した

柿田川公園に隣接した"泉の館"にはこの地の名産が揃う

 湧水で作った「豆乳ソフト」と、「柿田川湧水のミネラルウォーター 富士山百年水」。手前は伊豆名産のわさびを加えた豆乳わさびソフト

湧水で作った「豆乳ソフト」と、「柿田川湧水のミネラルウォーター 富士山百年水」。手前は伊豆名産のわさびを加えた豆乳わさびソフト

湧水を使って地元の酒店が開発した日本酒「柿田川の恵み 大湧水」。まちおこしのために清水町商工会が湧水を利用して作り始めた緑米を使用している

湧水を使って地元の酒店が開発した日本酒「柿田川の恵み 大湧水」。まちおこしのために清水町商工会が湧水を利用して作り始めた緑米を使用している