text by 大湊一昭
photo by 斎藤実
大白(おおじろ)大豆と尾瀬の湧水が作りだす
片品村の夢をのせた真白き豆腐
紅葉に燃える山里に、知る人ぞ知る「尾瀬ドーフ」
尾瀬へと続く国道120号線。11月初旬の空は青く、高く澄み、両脇に迫った山々は紅や朱や茶を取り混ぜて一面の紅葉に燃え立っていた。ため息が出る、息を呑む……。
美しい光景を目の前にして人がとりうる行動はさまざまだが、そこに共通しているのは、圧倒されるという体験にほかならない。ところどころに針葉樹の緑が混じるとはいえ、これだけ紅葉した木々が多いということは、それだけ太古からの姿をとどめた山々が残されていることの証である。
紅葉の山々に見とれながら私たちが向かった先は、群馬県利根郡片品村にある「尾瀬ドーフ」。村の目抜き通りに面しているわけでもなければ、目立った看板が掲げられているわけでもない。知らなければ、そばを通ったことさえ気づかないであろうような場所に、尾瀬ドーフは店舗兼工場を構えている。ところが、本当においしいもの、いいものを食べたいという熱意が、人を片品村へと向かわせる。週末ともなると、さまざまな地方のナンバープレートが駐車場を埋め、豆腐を買い求めていくという。
大豆の上品な甘みとふくよかな香りがする"ごちそう豆腐"
なにはともあれ、その豆腐を食べてみよう。商品のひとつ、「ざる豆腐」を一口いただいた。濃いッ! 大豆の持つ上品な甘みが存分にいかされ、口から鼻にふくよかな香りが抜けていく。食感はといえば、クリームを固めたようでいながら、豆腐本来の硬さを残したなめらかな口当たりである。最近、高級豆腐を売りにしているわりに水っぽかったり、市販のプリンのようななめらかすぎる豆腐が多いのが気になっていたが、これはまぎれもない豆腐であり、味に奥深さがある。毎日とはいわないまでも、日常食に近い感覚のある豆腐だが、尾瀬ドーフの豆腐は“ごちそう豆腐”とでも呼びたくなるような存在感を持っている。
その秘密は、原料となる大豆にある。尾瀬ドーフで使っている大豆は、片品村で栽培されている「大白大豆」が70%を占める。ほかには北海道や群馬県産の国産大豆だが、それも年内いっぱいのこと。なんと、2006年1月からは、すべての大豆を地場産の大白大豆に切り替えるというから驚きである。「ここまで来るのに、10年かかりました」と、創業者である千明市旺さんは言う。その言葉に込められた思いは並大抵のことではないのだが、まず、大白大豆について聞いてみた。
原料の大白大豆は、大豆のスーパースター
「大白大豆は、大豆のスーパースター」と、千明さんは自信を持って言い切る。昭和30年代まで、片品村一帯で採れる大白大豆は沼田大豆として全国でも名を知られ、北海道産大豆と一、二を競うほどの品質を誇っていた。しかし、40年代になると収益性の高い野菜の作付が急増するとともに、スキー場やテニスコートなどが造成され、片品村は半農半観光の村に急激に姿を変えていった。それとともに大白大豆を栽培する農家もほとんどいなくなり、限られた農家のお年寄りが、自家用味噌の原料とするために細々と作り続けている程度だったという。
しかし、お年寄りたちは知っていたのだ、大白大豆のうまさを。千明さんが豆腐作りを始めたと聞くと、地域のお年寄りたちがこぞって「大白大豆にすればもっとおいしい豆腐になるよ」と、千明さんにさかんに進言してくれたのだとか。ものは試しである。大白大豆で豆腐を作ってみると、やわらかな甘みとコクのある、これまでになかった豆腐ができあがった。このとき、千明さんの豆腐作りは次の段階へと進んだのだと思う。豆腐を作って売るだけではなく、その原料となる大白大豆を媒介にして、村の活性化や農の自立がはかれるのではないか。その思いは、ますます強くなる一方だという。
安全でおいしい豆腐づくりは、村人への恩返し
尾瀬ドーフでは現在、8町歩という自営農場で大白大豆の栽培を行っている。この畑は、土地の交換などにより山間の1ヵ所に集められたもので、その目的は、有機無農薬栽培を実現することにある。安全で、おいしい豆腐を届けたい。その気持ちを真摯に追い求める千明さんの姿勢が伝わってくる。この畑のほかにも、約100軒の地元の農家が契約栽培で大白大豆を作っている。「作ってくれた大豆はすべて買い上げる」という姿勢を貫いてきた結果が、大白大豆の復活と生産ネットワークを築くことになったのである。「これから、大白大豆の生産農家がもっともっと増えていくよ」と、千明さんは自信をこめて言う。
千明さんが、大白大豆による村の活性化にこだわるのは、豆腐作りを通して地域の人々に恩返ししたいという気持ちがあるからだ。それ以前、千明さんは酪農業を営んでいたが、牧場の規模を拡大するあまり、採算が取れなくなり、破産にいたった。うつ状態でもがき苦しむなか、ふと思いついたのが豆腐作りだったという。2日間だけ機械の取り扱い方を教わり、いきなり始めた豆腐屋。しかも当時の原料は、いまからでは想像もつかない輸入大豆100%。にもかかわらず、村内の半分にあたる約800軒が、「お前が作った豆腐なら」と、お得意さんになってくれたという。「みんなが支えてくれたから、いまの自分がある。この村だったから、やってこれた」と、千明さん。いまでも村内を1軒1軒、配達して回るという原点のスタイルを崩さない。電話を受ければ1丁でも配達するし、20km離れたお得意さんにも届ける。
豆腐作りの決め手となる水は、尾瀬の湧水
千明さんの1日は、夜中の1時ごろに始まる。湯を沸かして機械を熱洗浄し、大豆をすりつぶしたものを約90度の高温蒸気で煮る。そこでできた豆乳にニガリを打って寄せていけば、豆腐の完成となる。言葉にすればあっという間かもしれないが、その作業は朝の6時〜8時ごろまで続く。注文が多いときには11時ごろまでかかるというから、楽な仕事ではない。もちろん、大豆を水にさらす浸水は前の晩の作業となる。
これまで大豆のことだけに触れてきたが、豆腐作りでは、実は水も欠かせない要素となる。いや、水がいいところでないといい豆腐はできないと言われるほど、水は豆腐作りの命でもある。千明さんの工場で使っている水は、すべて尾瀬をはじめとする裏山に降った雨が地下から湧水となって湧いてきた水である。その水を、セラミックと地元の山が産する貴曜石を入れた浄水槽に何度も繰り返して通し、豆腐作り用に磨きこんで使っている。「この水だからこそ、うまい豆腐になる」と、千明さんは水槽を開けて見せてくれた。大白大豆といい、湧水といい、すべて片品村の自然がもたらしてくれた恵みである。豆腐作りにのめり込めばのめり込むほど、豊かな自然に対する感謝の念は強まるばかりである。
大白大豆をベースにした"和食の里"構想
ほんの思いつきで始めたという豆腐作りだが、あえて記憶をたどれば、小学生のころ、おじいさんとおばあさんが2人でやっている豆腐屋さんが村にあったとか。尾瀬からの帰路、観光客がバスを止め、そこで豆腐を買って帰る姿が心の片隅に残っていたのかもと、千明さんは振り返る。いま、尾瀬ドーフには、豆腐を目的に訪れる人が後を絶たない。
10年の歳月をかけて輸入大豆から国産大豆へ、さらに地元産の大白大豆を100%使った豆腐作りへと歩みを進めてきた千明さんの尾瀬ドーフ。これからが本当の夢に挑む幕開けである。その夢とは、もっとおいしい、もっと安全な豆腐を届けることと、豆腐の原料となる大白大豆の栽培を通じて、自給自足から自立へ、さらにその先の自律へと村人が向かっていくことである。それは片品村を舞台に利益の上がる豊かな農村の構図を描き出すことでもある。生産、加工、販売、飲食店までという一連の流れを、すべて村人たちが担えるような仕組みづくりを整え、大白大豆をベースにした和食の里と呼べるような形にまで発展させていきたいと千明さんは夢を語る。その一歩が大白大豆100%の豆腐作りであり、さらに大白大豆を使った納豆、醤油、きなこの製造である。千明さんの目は、少年のように輝いていた。
尾瀬ドーフ
群馬県利根郡片品村築地123
TEL.0278-58-3480 FAX.0278-58-3409
8:00~17:00(だいたい) 木曜休み
http://www5.kannet.ne.jp/~ozedofu/
片品川沿いの山々が一面の紅葉に染まる。なんだかすごすぎて、絵を見ているような気持ちになる。
リンゴは片品村の主要果実のひとつ。このリンゴを原料にアップルジュースも作られている。
千明さんの豆腐作り、大白大豆、地域の活性化にかける思いは熱い。その熱意がおいしい豆腐を作り出す。
これが片品村の地場産「大白大豆」。上品なコクを生み出す大豆のスーパースターは、地域活性化の切り札!
原料の大豆を水につける浸水作業。一晩置いてから、すりつぶしたものを豆腐作りに用いる。
近所の農家が持ち込んだ大豆は粒ぞろいで美人さん(!?)。千明さんは、すべての大豆を買い取ってきた。
尾瀬の湧水を独自の浄水槽に何度も通し、豆腐作りに使う。この水があるからおいしい豆腐ができる。
大豆の味がしっかり伝わる、ざる豆腐。そのままでもおいしいが、自然塩を一つまみで、さらに味が引き立つ。
尾瀬ドーフの店舗兼工場。国道120号線から少し山のほうに入ったところにある、知る人ぞ知る豆腐の名店。